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東京の資本主義の縮図のようなところが好き

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東京という都市が好きだ。

 

地方在住である私は子供の頃から都市部への憧れを強く持っていた。その代表的な場所が東京だった。

 

欲しいものが何でも手に入る。

見たいものが何でも見られる。

やりたいことが何でもできる。

 

東京に対する私のイメージは大まかに言うとそんなものだ。昔から変わらない。

 

上記三つのイメージに共通しているのは、(金があれば)という前提が付いて回ることだ。

 

(金があれば)欲しいものが何でも手に入る。
(金があれば)見たいものが何でも見られる。
(金があれば)やりたいことが何でもできる。

 

一聴すれば、とても下衆で冷たいように思えるかもしれない。

しかし、これほど誰でも理解できる前提が他にあるだろうか。

 

サービスの対価として、それに釣り合うだけの報酬を要求する。

至極真っ当なことだ。

 

対価が支払えないのであればサービスを受ける権利はそもそも発生しないのは仕方がない。

慈善事業であれば話は別だが、会社は、そして社会全体はほとんどが営利で成り立っているのだから。

 

物心がついてそれをはっきりと理解してから益々東京が好きになった。

 

社会人になってからはその思いは強さを増している。その理由は単純で、金を稼げるようになったからだ。

 

金を稼げるようになったことで、ある程度の宿に泊まることができるようになった。食事にもある程度金をかけられるようになった。そして、ある程度のものは買えるようになった。マッサージだって金のことを気にせずに、行きたい時にふらっと行けるようになった。

 

持っている金が多いほど、活動範囲が広がっていく。とても明確で実に素晴らしい。

 

東京は言わずもがな、エンターテイメントが充実している。駅の近くで全てが事足りるような事もしばしばある。

 

これが地方だと、そもそもそういった商業施設が極端に少なくなる。行くにしても車は必須になってくる距離だ。

 

だからこそ、東京が好きだ。

年齢や職業、地位に関わらず、対価としての金を持っているかどうかでサービスの提供の有無が決まる。とても明確に。

東京こそが、等身大の自分を確認できる場所なのかもしれない。